卒業文集? 

先日東京へ行って同期との再開に喜び同時に後輩たちも来てくれて嬉しかった。

この後輩は、私の教え子?ギターの教え子と言ってもいいでしょうか?後輩たちよ!

私が3年のときに、1年生の面倒を見る役に回ってギターを教えていたのです。その後輩たちが、ギター部で4年間を過ごし、卒業に際し文集を作ったのだそうです。このことは一切知らなかった。その文集を送ってもらい読もうとしたのだが、当時は、手書きでガリ版印刷であったため、40年近くたつとインクが薄れ非常に読みにくい。

そこでデジタル技術を駆使し復刻版を作成することに。

いまその最中です。スキャナで読込画像を編集してその当時の雰囲気が出てきました。

1ページ、1ページ再生していきながら今読んでいます。

「空々白々」

空々白々

空々白々

たくさんのエピソードそして
4年間の付き合いでできた信頼関係から出てくるユーモア?非難中傷?けなしあい?
私も知らない出来事。
懐かしくて・・・・・面白くて・・・・

長崎へ – いとこの絵画展、おばさんの市民祭出展

長崎の親戚のイベントを目指して長崎へ。母も同行

長崎へは、高速を使ってゆっくり行って、2時間半。まずいとこの絵画展へ。10時前に出発して長崎で食事。どうせ行くなら中華街で食事をしようということです。

予定通り12時ころに中華街に到着。中華街といってもそんなに広くはなく。独特の門が入り口に立っていて、中華レストランが並んでいる感じ。

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

食事が終わって、いとこの絵画展へ。父の葬儀以来だから6年ぶりだ。

画廊の1室に15~6作品が並んでいた。ほとんどが、今年1年で仕上げたものだという。すごい意欲に驚く。また岩絵の具を使って描きあげたものだそうだ。

絵のことはよく分からないので、自分の素直な印象でひとつの絵を、「この絵が一番好きだ」としかいえなかった。

会場で唐津の親戚も合流。全員で写真を撮ってもらった。

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

そして次は、おばさんの作品を見に行こう。当日は市民文化祭が同時に行われていておばさんが盆栽ではなく、草や木などを鉢に植えて自然を楽しむ?まあそのようなものだとか。

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

おばさんは陶芸もやるし、いろいろ楽しんでいるようだ。

すぐそばは、めがね橋などがあるそうで、そこへ行ってみようということでめがね橋へ。

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

めがね橋の下を流れる川は、鯉が泳いでいた。そしてスッポンを目撃。かなりの大物だ。鯉もスッポンも泳ぐ眺めのいい場所だった。
ここでまた唐津の親戚と遭遇。しばらく散策して帰るつもりが、晩御飯も一緒に食べることに。

夕食時までしばし時間をつぶして、めがね橋の近くの中華料理店でおなかいっぱいになって長崎を楽しんで来ました。

1月にはランタンフェスティバルがあるそうです。

東京へ – 最終日 呼子へ

前回のつづき

東京最終日:

今日は帰る日だ。昨日の雨も朝まで降り、天気予報は、曇りのち晴れ。少しずつ天気がよくなるだろうが、寒くなるらしい。空港まで車で送ってくれるというので、早めに出発。平日なので高速もスムースに移動できた。都心に入るにつれ高層ビルが見えてくる。新宿の都庁や道路の両側にも高いビルが見え湾岸線に入って有名なフジテレビのビル、そして遠くにスカイツリーも見えた。

東京ビル群とスカイツリー

東京ビル群とスカイツリー

ここでお土産を買った。そして早めの昼食を取りレストランでゆっくりお話をして。飛行機へ。この5日間は仕事を忘れ田舎のことはなにも気にならずにゆったりとすごすことができた。

やはり、いとこ夫婦のゆったりとした生活ペースと素敵な家の雰囲気は最高だった。どうもお世話になりました。また来ます。

おわり

東京へ – つづきのつづき – つづき

前回のつづき

同期会:

この日の待ち合わせは、18時。かなり時間があるので東京スカイツリーでも見に行こうと思っていたがあいにくの雨そして風が強い。それでもせっかく東京へ着たのだからと証拠を残さねば。

あまりにも高いので近くからでは、ただ見上げるばかりだろうと思って3駅程度手前で降りて地図を見ながら探すが、高層ビルと雨が邪魔して何も見えない。しかも風が強い。

そこで一番近い駅まで行った。駅を出たらここも雨が強い風も強い。傘が壊れそうなのでしばらく待って頂点外のほうへ行く。川のそばで後ろを見たらすごい。やっと見えた。しかし、展望台から上は、雲でまったく見えない。とにかく証拠写真を撮った。

スカイツリー

スカイツリー

近くの商店街でお土産でもと思ったが、体がぬれてしまいそうなので、そのまま駅へ直行。全体像は次回にリベンジだ。

同期会までまだ時間もあるので、待ち合わせ場所の周辺を探索しようと思うが雨風で断念。本屋で雑誌を買いコーヒーでも飲みながら時間をつぶすことに。

そろそろ時間なので会場へ。すでに数人が来ているようだった。まず目に入ったのは白髪の年配の男。目で挨拶されるが誰なのか一瞬分からず、はっと思い出しこんなにも白髪になれるのか、前回は確か10年値賀無前にあったのだが、この白髪にはちょっと残念?

他にも卒業以来の同期とも会うことができた。こいつはかっこよくなっていた。学生時代に刷り込まれた映像は、約40年の時間を経ても会うまでは昔のイメージだが、会ってたった数秒で今の現実の映像と置き換わっていく。そして昔の面影と目の前にいる顔を一致させていく。

同期会

同期会

60を過ぎてもみんな若々しく。生き生きと生活しているのが、その雰囲気や着るものや言葉や目の表情で伝わってきて、自分は少し負けているなと感じてしまった。まだまだ社会とつながろうとして、しかしあわてることなくそつにこなし、自然体で生きているけることはすばらしい。

残念ながら同期でまだ会っていないのは、あと一人だが、今日も来れなかった。

昔話に盛り上がり、健康や家族や仕事など話は尽きることはない。楽しい時間の延長をカラオケでということになり、古い歌のオンパレードだったがさらに延長と、親戚にお世話になっている身としては、帰りの時間が心配になってきた。

少し日付を回ってしまって夜遅くに駅まで迎えに来ていただき大変迷惑をかけてしまった。

次の日は、九州へ帰ることになる。

つづく

東京へ – つづきのつづき

前回のつづき

ご挨拶:

娘の嫁ぎ先の実家へご挨拶へ伺う。狭山だから入間の親戚の家から非常に近い。狭山茶のことはあまり知らなかったが今回の原発事故でセシューム汚染が発覚して初めてお茶の産地だと知った。お住まいの周辺も茶畑がありここでもどんどん住宅が建ち農地はかなり少なくなってきている。お住まいの周辺は、進行住宅地があり、農地が点在し柿の木があっちこっちにあって都会と田舎の境界のような感じ。ちょっと表現がおかしくなった。

ご主人は、年上だが、奥さんは同じ年だった。ここでも歓待を受けいろいろご馳走になった。お土産までいただき感謝!感謝!です。

田舎からお土産を持っていくにも自慢できるものはイカしかない。そこで最近開発されたイカの活き造りの冷凍を送っていたのだが、喜んでいただけたようで安心した。

3歳と1歳の孫は相変わらず元気だ。いわきでの生活が心配だがちゃんと健康管理を怠りなくやっていってもらいたい。

この日は写真を撮らなかった。残念。

つづく

東京へ – つづき

前回の続き

奥多摩へ:

朝は、7時ころに目が覚めた。外気温は10度だが室内は暖かい。朝食をいただき散歩することに。団地の岡野上には杉木立があり周辺を少し歩くと汗が出るほど暑くなった。犬の散歩やウォーキング、リハビリだろうかご老人が少し不自由な足のリハビリおつもりで毎日ここを歩くそうだ。左のほうに行って見晴らしのいいところに出れば、富士山も見えるのだそうだ。次回は行ってみようと思った。

散歩道

散歩道

東京2日目。奥多摩へ蕎麦を食べに行こうということでお供する。青梅街道を奥多摩へ。自転車でもちょうどいいコースのようだ。勾配も少ないようだし。途中の山の紅葉はこれからという感じ。今年はどこでも紅葉が遅いらしい。これだけ暖かいと紅葉も進まない。

1時間ほどで蕎麦屋へ。古民家を改装した店内は、雰囲気もいい。庭の紅葉が青空に映える。

蕎麦屋丹三郎

蕎麦屋丹三郎

蕎麦屋丹三郎

蕎麦屋丹三郎

蕎麦掻とてんぷら、新そばの蕎麦掻は、少し緑色をしておいしい。蕎麦は、非常にこしがありおいしかった。隣の席には、夫婦と思われる自転車組が席をとる。帰りにまた会うことになるのだが、入間の街中でまたこの自転車夫婦を見かけた。ちょうどいい自転車蕎麦コースを私も走ってみたい。

そのあともう少し奥多摩へ入る。ダム湖に架かる橋の上からの眺めは、不思議な青ににごった水と赤いもみじ、山の杉かヒノキの緑と少し色づいた紅葉、空の青がきれいだった。

奥多摩白丸ダムアースガーデンそば

奥多摩白丸ダムアースガーデンそば

ここでも95歳のおばさんは、一生懸命に歩く。私も95歳まで生きることができるか、またこんなに元気に歩くことができるか大いに疑問だ。はっきり言って自信はない。

この日もこうやって一日が終わる。翌日は、孫も来ている嫁ぎ先の実家へ。

つづく

東京へ-旧友と会いに-娘の嫁ぎ先へご挨拶-いとこのうちで

16日から20日、お休みをいただいて東京へ。こんなに長く仕事から離れることはなかったが意識的に減らしてきたことが幸い?して仕事のことはあまり気にならなくてのんびりとさせていただいた。

この次期、天気、特に気温が気になっていたが、かなりの高温。22度程度と暑いくらいでセーターは要らなかった。またお世話になったいとこの家がスウェーデンハウスというので高気密、高断熱、さらに家主が寒がりで暑がりらしく、朝晩は外気が10度以下になっても室内は22度、暑いくらいだ。24時間暖房が入って非常に快適だが体のためにはこの時期はもう少し低いほうがいいのではとも思った。

出発:

16日、呼子からバスで西唐津駅まで。天気は快晴。暖かい。この日の運転手は、中学の同級生だった。なんという奇遇?幸運?。まだまだ仕事は続けるそうだ。元気ならば当然続けるべき。

呼子バス停

呼子バス停

西唐津駅

西唐津駅

JRで空港まで直結しているので楽だ。

福岡空港

福岡空港

早めに空港についてゆっくり昼飯をいただく。12時ころの飛行機で東京へ。

羽田到着:

降り立った東京は、暖かい。平日なのか飛行機も空いていたが空港も比較的人が少なく感じる。これからどこか見物でもと思ったが、めんどくさくなりまっすぐ入間の親戚の家へ向かうことにする。

久しぶりに歩く駅構内は、平日の昼間なのか比較的歩くスピードもゆっくりしている。数年前までに感じた「東京の人は歩くのが早い」というイメージは、少し崩れた。これも不景気の影響か高齢化の影響か。などと勝手に解釈をしながらスムースに池袋へ到着。

西部池袋線に乗り換える前に池袋の駅を出て周りを見る。これといって変わったイメージは湧かず都会とはこんなもんだと納得して、えきに戻り、切符を買う。どの車両に乗ったらいいかを駅員に尋ね言われたとおりに電車に乗る。その前にいとこに連絡して最寄の駅まで迎えをお願いする。

40分ほどで到着。都心から1時間ほどなのでこのへんも通勤圏として開発が進んで住宅地として発展しているが、まだ田舎の雰囲気があちこちに残っている。農業としてはもう成り立たなくなった土地は、切り刻んで小さくして貸し農園として趣味と実益をかねた家庭菜園があちこちにある。

入間で:

駅を出るともう迎えが来ていた。懐かしい顔が出迎えたくれた。武蔵野音大のそばを通って団地へ入ると丘を住宅団地へ変えたのがはっきりと分かる少しきつい傾斜に住宅が立ち並んでいる。その中にスウェーデンハウスがあった。なかなかかっこいい家だ。

最近、息子さんを亡くされたおばさんと3週間ほど前に出発していた母としばらくここで過ごすことになる。おばさんはもう95歳。だが元気だ。元気がなにより。父の葬儀いらいだからあれから6年も経った。母とのしばしの生活は慰めにまた元気付けの助けになったろうか。

最近読んだ本を思い出した。捨て猫を拾った家族と猫の話。猫は20年の命を終わらせるのだが、やはりこの話はやめておこう。本を読んだほうがいい。「猫鳴り」。実は読書ジジーはまだ続いているのだ。

その夜は鍋で歓待してくれた。私の寝室として用意してくれたのは。家主の書斎だ。これがこじんまりしてちょうどいい広さというか狭さというか。ちょうどいい。

つづく

自転車メンテナンス-チューブ交換

まだ自転車のチューブ交換やタイヤ交換をしたことがない。

パンクしたときのためいつもチューブを1個持って自転車に乗っているがパンクのとき交換にどのくらい時間がかかるかそしてスムースに交換できるか、今日はチューブ交換の練習です。

まずはブレーキを解除。タイヤをはずす。今回は後輪です。後輪はいつも圧が下がっているので交換することにしてました。

後輪をはずす

後輪をはずす

次にエアーを抜いて工具を使ってタイヤをホイールからはずす。これにちょっと手間取る。すこしずつビード?をホイールからはずしていく。はずれたらチューブを引き抜く。タイヤにチューブがはりついてしまっている。引き剥がすようにチューブをはずす。

タイヤ自体もひび割れが少しある。だいぶ痛んでいる。これももうそろそろ交換だ。

チューブ交換

チューブ交換

あたらしいチューブに少し空気を入れホイールにはめ込んでいく。タイヤをホイールにはめ込んで終わりは少し工具の力を借りてはめ込む。少し振動を与えて全体をなじませて空気を入れて出来上がり。

チューブ交換

チューブ交換

今回は、すべてで15分ほどかかった。まあこんなもんか。