線量計 – 放射線測定器

娘家族は、いわき市で生活している。今、正月で孫を連れて帰ってきているが、いわき市から無料レンタルで線量計(放射線測定器)も持参してきていた。

表示は、現在の線量と積算線量が分かるようになっている。無料での貸出とはいっても半年で返却しないといけないらしい。10月にかりたのであと少しで返却しないといけないことになる。

幸いと言っていいか分からないが、このままいわき市で生活しても積算値で国の基準の1mmシーベルトを超えることはないようだが、低いに越したことはない。

呼子では、0.06マイクロシーベルトだが、自宅では場所にもよるが、この2倍から5倍の線量があるそうで、周りでも吹き溜まりとか、排水溝だとか物が集まりやすいところでは、線量も高くなるのだそうだ。

これが数十年単位で続くことを考えたら、子供にはどんな影響があるのだろうか。

線量計のレンタルはいいと思うが、すべての世帯への支給も考えるべきだろう。目に見えないものなので。

線量計

線量計 - 現在の線量

線量計

線量計 - 10月からの積算値

毎年のことながら怠惰な正月生活

正月のだらしない生活で風邪をひいてしまった。

元旦、少し頭痛のような変な兆候はあった。グータラしすぎかも、寝すぎかもしれない程度に思っていた。

2日、天気もよさそうだし、自転車で波戸岬へ行くことにして、往復15km程度だから、がいけなかった。岬の手前で気分がわるくなり。しばし休憩後、すぐに帰ることにした。

やはりこれがいけなかったようだ。還暦ジジーは、体調の把握をもっとシビアにしないといけないことをあらためて知った。
昨日、病院で診察。薬を頂き一日、布団の中で過ごすが、薬のせいか汗が吹き出し、日に何度も下着を着替えて、今日はだいぶ調子いい。

布団の中では今年の遊びの計画をいろいろ練っていた。

昨年、同級生と計画していた還暦旅行は、大震災が起きたことで中止としてしまったが、今年そのリベンジに計画を練り直すつもりだ。

孫が自転車に乗れました。

2日前から遊びに来た孫は、自転車持参でした。自転車に乗れるようになりたいと。そこで家の前で練習したりして、一こぎか二こぎ乗れるようになって、それでもふらふらでしたが、博多へ帰る前に小学校で練習してたら乗れるようになりました。

まだ行きたい方向へは、行けないようですがここまで乗れればすぐでしょう。

オシッコ地雷 – 当家、老犬のお漏らし

当家の老犬は、もう17歳を過ぎている。しかし、食欲旺盛、毛並みもいい、散歩を楽しみにしているが、耳はもう聞こえない。鼻はよく利く。
ロング

ロング

いつのころからか、散歩の後は屋内で過ごすようになっている。最近は、背中の肉も落ち、だいぶ体重が減っている。
問題は、お漏らしだ!
時々リビングで漏らしてる。知らずに歩くと足はビッチョリと濡れてしまう。オシッコ地雷である。よく注意して歩いているが夜は見えにくい。

リビングは、リラックスなんて到底できない、油断できない場所になってしまった。

ロング

ロング

ヒステリックメール

昨晩夜中、1通のメールが来た。かなりの長文で3500行もあり、テキストで73KBもあった。

いわゆる原発反対派のメールで佐賀県に東北の瓦礫が持ち込まれ処分されるのだが、放射能に侵された瓦礫の危険性が書いてあった。

その内容は、はっきり言ってヒステリックそのもので、すべて最悪の可能性を書き連ねてあった。

不安をあおる事を目的としたメールとしか思えないような内容でおそらくあっちこっちへこのメールは送られているんだろう。そしてチェーンメールとなってねずみ算式に増殖して内容が膨れ上がり、もう膨れ上がっているのかもしれないが、さらに膨れ上がり、あることないこと書き加えられて送られていくんだろう。

卒業文集? 

先日東京へ行って同期との再開に喜び同時に後輩たちも来てくれて嬉しかった。

この後輩は、私の教え子?ギターの教え子と言ってもいいでしょうか?後輩たちよ!

私が3年のときに、1年生の面倒を見る役に回ってギターを教えていたのです。その後輩たちが、ギター部で4年間を過ごし、卒業に際し文集を作ったのだそうです。このことは一切知らなかった。その文集を送ってもらい読もうとしたのだが、当時は、手書きでガリ版印刷であったため、40年近くたつとインクが薄れ非常に読みにくい。

そこでデジタル技術を駆使し復刻版を作成することに。

いまその最中です。スキャナで読込画像を編集してその当時の雰囲気が出てきました。

1ページ、1ページ再生していきながら今読んでいます。

「空々白々」

空々白々

空々白々

たくさんのエピソードそして
4年間の付き合いでできた信頼関係から出てくるユーモア?非難中傷?けなしあい?
私も知らない出来事。
懐かしくて・・・・・面白くて・・・・

長崎へ – いとこの絵画展、おばさんの市民祭出展

長崎の親戚のイベントを目指して長崎へ。母も同行

長崎へは、高速を使ってゆっくり行って、2時間半。まずいとこの絵画展へ。10時前に出発して長崎で食事。どうせ行くなら中華街で食事をしようということです。

予定通り12時ころに中華街に到着。中華街といってもそんなに広くはなく。独特の門が入り口に立っていて、中華レストランが並んでいる感じ。

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

長崎 中華街

食事が終わって、いとこの絵画展へ。父の葬儀以来だから6年ぶりだ。

画廊の1室に15~6作品が並んでいた。ほとんどが、今年1年で仕上げたものだという。すごい意欲に驚く。また岩絵の具を使って描きあげたものだそうだ。

絵のことはよく分からないので、自分の素直な印象でひとつの絵を、「この絵が一番好きだ」としかいえなかった。

会場で唐津の親戚も合流。全員で写真を撮ってもらった。

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

いとこの絵画展

そして次は、おばさんの作品を見に行こう。当日は市民文化祭が同時に行われていておばさんが盆栽ではなく、草や木などを鉢に植えて自然を楽しむ?まあそのようなものだとか。

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

 おばさんの作品展

おばさんの作品展

おばさんは陶芸もやるし、いろいろ楽しんでいるようだ。

すぐそばは、めがね橋などがあるそうで、そこへ行ってみようということでめがね橋へ。

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

長崎 めがね橋

めがね橋の下を流れる川は、鯉が泳いでいた。そしてスッポンを目撃。かなりの大物だ。鯉もスッポンも泳ぐ眺めのいい場所だった。
ここでまた唐津の親戚と遭遇。しばらく散策して帰るつもりが、晩御飯も一緒に食べることに。

夕食時までしばし時間をつぶして、めがね橋の近くの中華料理店でおなかいっぱいになって長崎を楽しんで来ました。

1月にはランタンフェスティバルがあるそうです。

東京へ – 最終日 呼子へ

前回のつづき

東京最終日:

今日は帰る日だ。昨日の雨も朝まで降り、天気予報は、曇りのち晴れ。少しずつ天気がよくなるだろうが、寒くなるらしい。空港まで車で送ってくれるというので、早めに出発。平日なので高速もスムースに移動できた。都心に入るにつれ高層ビルが見えてくる。新宿の都庁や道路の両側にも高いビルが見え湾岸線に入って有名なフジテレビのビル、そして遠くにスカイツリーも見えた。

東京ビル群とスカイツリー

東京ビル群とスカイツリー

ここでお土産を買った。そして早めの昼食を取りレストランでゆっくりお話をして。飛行機へ。この5日間は仕事を忘れ田舎のことはなにも気にならずにゆったりとすごすことができた。

やはり、いとこ夫婦のゆったりとした生活ペースと素敵な家の雰囲気は最高だった。どうもお世話になりました。また来ます。

おわり

東京へ – つづきのつづき – つづき

前回のつづき

同期会:

この日の待ち合わせは、18時。かなり時間があるので東京スカイツリーでも見に行こうと思っていたがあいにくの雨そして風が強い。それでもせっかく東京へ着たのだからと証拠を残さねば。

あまりにも高いので近くからでは、ただ見上げるばかりだろうと思って3駅程度手前で降りて地図を見ながら探すが、高層ビルと雨が邪魔して何も見えない。しかも風が強い。

そこで一番近い駅まで行った。駅を出たらここも雨が強い風も強い。傘が壊れそうなのでしばらく待って頂点外のほうへ行く。川のそばで後ろを見たらすごい。やっと見えた。しかし、展望台から上は、雲でまったく見えない。とにかく証拠写真を撮った。

スカイツリー

スカイツリー

近くの商店街でお土産でもと思ったが、体がぬれてしまいそうなので、そのまま駅へ直行。全体像は次回にリベンジだ。

同期会までまだ時間もあるので、待ち合わせ場所の周辺を探索しようと思うが雨風で断念。本屋で雑誌を買いコーヒーでも飲みながら時間をつぶすことに。

そろそろ時間なので会場へ。すでに数人が来ているようだった。まず目に入ったのは白髪の年配の男。目で挨拶されるが誰なのか一瞬分からず、はっと思い出しこんなにも白髪になれるのか、前回は確か10年値賀無前にあったのだが、この白髪にはちょっと残念?

他にも卒業以来の同期とも会うことができた。こいつはかっこよくなっていた。学生時代に刷り込まれた映像は、約40年の時間を経ても会うまでは昔のイメージだが、会ってたった数秒で今の現実の映像と置き換わっていく。そして昔の面影と目の前にいる顔を一致させていく。

同期会

同期会

60を過ぎてもみんな若々しく。生き生きと生活しているのが、その雰囲気や着るものや言葉や目の表情で伝わってきて、自分は少し負けているなと感じてしまった。まだまだ社会とつながろうとして、しかしあわてることなくそつにこなし、自然体で生きているけることはすばらしい。

残念ながら同期でまだ会っていないのは、あと一人だが、今日も来れなかった。

昔話に盛り上がり、健康や家族や仕事など話は尽きることはない。楽しい時間の延長をカラオケでということになり、古い歌のオンパレードだったがさらに延長と、親戚にお世話になっている身としては、帰りの時間が心配になってきた。

少し日付を回ってしまって夜遅くに駅まで迎えに来ていただき大変迷惑をかけてしまった。

次の日は、九州へ帰ることになる。

つづく